椎葉向山川と駄賃付の向霧立越

椎葉(宮崎県東臼杵郡)と浜町(熊本県山都町)の間に横たわる2つの稜線は、重要な山の交易路であった。ひとつが、耳川源流向山(むかいやま)川沿いの椎葉村萱野(かやの)から登る「向霧立越」(むこうきりたちごえ)。もうひとつが、耳川源流東側の稜線に拓かれた「霧立越」である。
「霧立越」や「向霧立越」を使い、生活物資の運搬を請け負っていたのが駄賃付(だちんづけ)と呼ばれる山の運送業者である。向山日添(ひぞえ)集落の椎葉クニ子さんに、駄賃付のことを聞いたことがあった。駄賃付は、戦後になっても盛んに行われていた。
「牛にワラジを履かせて向霧立越を登った。馬は鉄(蹄鉄)を履いているので坂道では滑ってしまうので、駄賃付には使わなかった。戦後の昭和22年、夫が向霧立越で浜町に行った。日帰りはできないので1晩泊まり。帰りには焼酎の入った1斗半入りの瓶を、牛の背に振り分けて積んできた」という。
塩や食料品、日用品だけでなく、古着を仕入れることもあった。古着は解いて、赤子のおしめや子どもの着物に縫い直していた。
日添を出た駄賃付は、牛の背にコウゾなどを積み、萱野で向山川の左岸に渡り、渓流沿いに尾根へ向かう。標高1500mで主稜線上に到着、日当集落や尾前集落からの駄賃付の山道と合流する。坦々とした稜線を進むと、しばらくで五勇山(標高1662m)山頂である。

日添のソバ畑から見る五勇山(右奥)。中央奥は烏帽子岳

五勇山から真北に進むと国見岳(標高1739m)。さらに、高岳(標高1563m)、三方山(標高1578m)を経ると、ゆるやかな下りとなり、遠見山(標高1268m)山頂西側をかすめる。遠見山から一気に下ると、汗見集落(山都町)である。汗見から鍵の戸で緑川を渡河すると、もう浜町は近い。
かつての駄賃付にならい、萱野から「向霧立越」への山道を歩いた。登り口にあたる向山川の渡河点では、ツクバネソウが黒い実をつけ、アキチョウジ、アキノキリンソウ、シラネセンキュウの花が満開となっていた。

満開のアキチョウジの花

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